漆の森づくり

文と写真:中根 多香子

この春もまた、同志の皆さんと漆の植樹を行いました。
不足している国産漆を増やすための取り組みです。

みどりの日にふさわしい新緑がお出迎え、拠点である岩手県上米内(かみよない)駅近くには八重桜も咲き、のどかな里山の光景が広がります。
山に歩み入れば野草や山菜の宝庫、青空を仰ぎながら土を踏みしめる感触が心地よく、そこには自然とつながる豊かな時間がありました。

「ウルシの木は人を恋しがる」といわれ、自生することは無く、縄文時代から人の手によって大切に植え育てられてきました。

漆とはウルシの木に傷を付け、にじみ出た樹液を一滴ずつ掻いて集めたもの。
日本では主に「殺し掻き」といい、漆を採り尽くした後は切り倒してしまうので、また新たに木を植えていかなければなりません。

10年以上かけてようやく漆を掻けるようになるのですが、1本の原木から採れる漆はわずか200cc、輪島塗のお椀をやっと8個ほど作ることができる量です。
漆器づくり同様、大変な手間と時間がかかり、今では原木も漆を掻く職人もひどく減ってしまいました。

今回は、神社仏閣などの修復をされている宮大工のご夫妻が、長野から植樹にいらしてくださいました。
文化庁が国宝や重要文化財の補修には国産漆を使う方針を示しましたが、現場では「国産漆を使いたくても手に入らない、全然回ってこない」というジレンマを抱えているそうです。
ならばと、地元の耕作放棄地を利用してウルシの植樹を検討されているそうで、視察を兼ねてのご参加です。

「自分が使う漆の分くらいは、自分で採れるようになれたら」
「今、植樹を始めれば、いずれ子か孫の代くらいでまかなえるようになるかな」
未来を見つめる、まっすぐな眼差しが印象的でした。

十年の計は樹を植えるにあり、といいますが、こと漆に関しては百年の計が必要です。

翌日は、上米内駅にて「春の感謝祭」が開催されました。
上米内駅は、次世代漆協会とJR東日本が漆をテーマとした地域活性を目指し、2020年春に駅機能を持つコミュニティスペースとして再生した無人駅で、そのリニューアル2周年を祝う催しです。

漆のアクセサリーや器の展示販売、屋台、ウルシ染めの実演など、楽しい企画が盛りだくさん。
このイベントのために腕を振るって美味しい手打ち蕎麦を提供してくれる地元シニアの方々が、忙しく切り盛りしながらイキイキと楽しそうです。
臨時列車「上米内ウルシ号」も走り、駅舎一帯が子どもからお年寄りまで多くの人で賑わっていました。

「ウルシで上米内を元気にする!」という合言葉の通り、普段から誰もが気軽に立ち寄れ、笑顔が行き交う「場」の役割をしっかり構築されていることに感銘を受けました。
漆の木を増やすことが、森林の再生だけでなく、地域と産業の活性化にもつながるという理想的なモデルケースといえるでしょう。

ウルシネクストは、漆と社会をつなぐ活動に取り組み、自然と共生した持続可能な社会の実現を目指しています。
漆文化を伝えるひとりとして、危機感を持ちながらも、大いなる希望をもって漆の森づくりに関わっていきたいと思います。

 

執筆者プロフィール

中根多香子
中根多香子
漆芸プロデューサー / 箸文化大使

JAL国際線CA・要人接遇を経て、YUI JAPAN設立。「うるしのある麗しいくらし」をテーマに、心豊かなライフスタイルを提唱。美しい伝統を大切に、輪島塗、和の作法など日本の美意識を国内外へ伝え続けている。ウルシネクストパートナーとしてSDGsにも注力、漆を通じて平和で持続可能な社会を目指している。

公式Webサイト
https://yuijapan.jp

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