うるしのある麗しいくらし
文と写真:中根 多香子
漆とふれ合い、半世紀が経ちます。
母のふるさとが輪島であることから、私は輪島塗という工芸品がいつも身近にある環境に育ちました。
幼い頃から漆のお椀やお箸を普段づかいに、お正月などハレの日には少しかしこまった器を手に。
日々の暮らしの中で、自然と漆への愛着が育まれたのだと思います。
とはいえ、漆の魅力に目覚めたのはつい最近のこと。
10年ほど前、ある漆芸作家さんと出会いました。
その方から、作品にまつわるストーリーをお聞きするのが楽しくて仕方がない。
知れば知るほど、漆という不思議な「生きもの」にどんどん惹かれていきました。
同時に、国産漆の自給率は当時わずか2%と、漆の文化が今や風前の灯であることを知り、大きな衝撃を受けたのです。
「なんとかしないと」という気持ちが湧き上がってきたのを、今でも鮮明に覚えています。
母親がわが子を「守りたい」と思うような、純粋な感情の芽生えです。
私の心の中にあった漆の種が「ぽん」と芽を出した瞬間だったのかもしれません。
情熱という名の火がついたとも、漆にかぶれたともいえるできごとでした。
これをきっかけに、今では輪島塗の作り手と使い手を結ぶお手伝い、漆の森づくりなどに関わらせていただいています。
漆はたくさんの素敵なご縁もくっつけてくれたのです。
それも強く、しっかりと。
はるか昔の縄文時代から、漆は塗料や接着剤として大切に使われてきました。
瑞々しい艶やかさゆえでしょうか、漆の語源は麗し(うるわし)とも、潤し(うるおし)とも言われています。
私はこの言葉に、漆の本質がひそんでいると考えます。
漆は私たちの心を潤し、日々の暮らしを麗しいものにしてくれる。
麗しいとは、「見目麗しい」のように美しいという意味と、精神的に豊かであるという意味もあるそうです。
手あたりの心地よさ、口あたりの和やかさを持つ漆の器に、暮らしの中の「美」を見いだします。
漆のある暮らしは、心の豊かさと安らぎをもたらしてくれると実感しています。
良いものを長く大切に使う心、自然の恵みに感謝する心、大切なことをたくさん教えてくれるのです。
世界が持続可能な社会を目指し、これまでとは異なる視点から、漆の価値が見直されています。
日本古来の伝統を持ちながら今なお新しい、これほど可能性を秘めた自然素材は漆のほかにあるでしょうか。
希望を持って漆を育て、その漆を使って暮らしや社会をより良くする取り組みが、今こそ必要とされています。
執筆者プロフィール
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漆芸プロデューサー / 箸文化大使
JAL国際線CA・要人接遇を経て、YUI JAPAN設立。「うるしのある麗しいくらし」をテーマに、心豊かなライフスタイルを提唱。美しい伝統を大切に、輪島塗、和の作法など日本の美意識を国内外へ伝え続けている。ウルシネクストパートナーとしてSDGsにも注力、漆を通じて平和で持続可能な社会を目指している。
公式Webサイト
https://yuijapan.jp
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