水の月に

文と写真:中根 多香子

「洗ってあげるとな、漆が喜ぶんや」
水無月になると、塗師(ぬし)から聞いた言葉を思い出します。

乾燥が苦手な漆器にとって、毎日使うことは何よりのお手入れ。
潤いのある人肌と触れ合い、流水を浴びることは、漆にとってよい水分補給になるのだそう。
漆器の魅力のひとつが「使っても洗っても心地よく癒される」ことですから、こちらこそありがとう、という気持ちになります。

漆と水の関わりは、漢字の成り立ちからもよくわかります。
梅、松、桜など木を表す漢字は必ず木へんなのに、漆だけは「さんずい」なのです。
水を表す「氵」に、木に傷をつけ樹液がしたたる様子を表す象形文字「桼」を組み合わせたのが「漆」。
古の人が漆の樹液に価値を見いだした歴史をよく表しています。

おもしろいことに、漆は水分を取り込みながら乾くという個性を持っています。
「乾く」ではなく、「固まる、硬化する」といった方がしっくりくるでしょうか。
漆器づくりでは、「塗師風呂(ぬしぶろ)」と呼ばれる、硬化に最適な温度と湿度を保つ収納庫で寝かす工程があります。
湿度の高い日本において、漆工芸が育まれたのは必然だったといえるでしょう。

庭の紫陽花を手折り、漆鉢にそっと生けました。
漆を潤す恵みの雨が、今日もしとしとと優しく降り注いでいます。

 

執筆者プロフィール

中根多香子
中根多香子
漆芸プロデューサー / 箸文化大使

JAL国際線CA・要人接遇を経て、YUI JAPAN設立。「うるしのある麗しいくらし」をテーマに、心豊かなライフスタイルを提唱。美しい伝統を大切に、輪島塗、和の作法など日本の美意識を国内外へ伝え続けている。ウルシネクストパートナーとしてSDGsにも注力、漆を通じて平和で持続可能な社会を目指している。

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