漆掻きさんの創意と工夫(6)

漆掻きさんの創意と工夫 6

事故への対処

漆掻きという仕事はウルシの木という自然が相手です。すると、人間の力ではどうすることもできない場面に出会うことになります。毛虫が大発生して葉を食べ尽されてしまうと漆液は滲出しなくなります。漆掻き作業は、葉が再生するまで休まざるを得ません。また、台風の暴風でウルシの木が根元から倒れることがあります。盛夏でこれからという時ですが、漆掻きはそこで終りになります。

漆掻きさんは、自分の力で防止できる事故には細心の注意を払っているものです。クマやハチ、マムシ、ヒルなどの害を及ぼす動物には、作業の通り道において前回との環境の変化を細かく見て対応しています。また、自身のけがにもつながりかねない足場の倒壊防止などは常に手を加え、自分の行いを改善しているのです。そういうなかでも、熟練の漆搔きさんにも起こる事故があります。それは、タガッポウの漆液を地面に空けてしまうことです。

タガッポウをひっくり返したら

タガッポウが足場や周囲の草木に引っ掛かってしまい、次の瞬間には中の漆液が地面に広がってしまうことがあります。地面はカンナ屑や落ち葉、雑草でおおわれていることが多く、漆液はまたたく間にその中にしみ込んでしまいます。このときどのように対処するのでしょうか。

飲み水のように両手ですくい上げていては、次の行いがうまくできないといいます。引っ掛かり地面に広がるという状況は、タガッポウの中の分量は多いはずです。手をこまねいていると、その日の作業は水の泡となってしまいます。

ある漆掻きさんから聞いたことです。急いで履物(地下足袋や長靴など)を脱ぎ、靴下も脱いで裸足になります。カンナ屑や落ち葉の上の漆液を裸足の足裏につけます。その足裏をカキベラで引いて漆液をヘラに集めとり、タガッポウに戻すというものです。

足裏の皮膚感覚が緊急時の頼りになるのか、と感心したことを思い出します。自分は裸足になり足裏にカキベラをあてて動作の真似事をしたことはありますが、実際場面は経験していないのです。

これまで記した漆掻きさんの工夫については、一人だけのものではありません。どの工夫も、その漆掻きさんがより良い漆掻き作業を求めてたどり着いた結果であると考えます。話されたということは公表したということであり、多くの漆掻きさんに取り入れてほしいと願います。

執筆者プロフィール

橋本芳弘
橋本芳弘
昭和30年  青森県三戸郡新郷村谷地中に生まれる。
昭和52年  弘前大学 工業試験場 漆工課卒業
昭和52年~ 教職に携わり夏休み中に全国の漆産地を行脚
平成8年~  平成21年度青森県史編纂調査研究員(文化財部会推薦)
平成28年~平成31年3月  青森県新郷村教育委員会教育長

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