傷のつけ方の工夫(1)
カキガマのカマグチ部分を用いて樹皮をむき取り傷をつける作業のことです。傷のことを、「辺を切る」「目を立てる・目をのばす」などと用いることから辺や目と呼ぶ場合があります。
樹皮への傷(辺)を長く、深いものにすると、ウルシノキの樹勢を弱めてしまい、漆液の滲出量は少なくなってしまいます。「生かさぬように、殺さぬように」という言葉が伝わるように、漆掻きさんとウルシノキの関係は昔から両者の知恵比べに例えられてきたものです。傷のつけ方は、漆掻きさんの誰もが創意をこらし、日々研究しいろいろな工夫をしているものです。ここで、どんなことを記しても、それはある漆搔きさんの工夫であり、全員に共通するものではないと考えていいでしょう。ここでは、辺の長さと深さ、そして傾きについて、漆掻きさんの口から出たいくつかを記していきます。
辺の長さ
秋になり辺づらを見ると、それぞれのしびの形は普通は逆三角形になっています。詳細に見ると、目立後の2辺目から4・5辺目までは少しづつ長さを伸ばします。7月になり盛辺の時期には、「米一粒伸ばせ」と言われ、長く伸ばすよりも辺を重ねていきます。辺掻を終える末辺の時期は「最後の三辺はぐうっと伸ばして、漆をおろすな」といい、辺を長く伸ばすのです。いくら伸ばしても、樹周の半分の長さには届かず、水路部分を確保しているのです。ウルシノキの樹勢は辺の長さが大きく左右するもので、作業に取りかかるまえに葉の状態を観察して樹勢を把握し、その日の辺の長さを決める方が多いのです。
辺の深さ
辺の長さよりも深さに留意するという漆掻きさんがいます。その方は「肌がとおらないような深さ」(木部を傷つけない深さ)が最良であるといいます。浅すぎると滲出量が少なくなります。内樹皮の厚さは個々に異なるため、その見分けが大切であるといいます。また、「若辺のうちは深く傷つけるな」という教えが残る地方があり、ウルシノキを慣らすまではメサシの使い方には細心の注意を払うのです。
深さにかかわり、カマグチを入れる角度を重視する漆掻きさんもいます。普通は樹幹に対して直角方向から入れるのですが、ウルシノキに向かい、左右のしびにカマグチを少し立ててくぼみのある傷をつくるのです。滲出する漆液が流れ出してくぼみにたまり下に落ちにくいといいます。
執筆者プロフィール
橋本芳弘
昭和30年 青森県三戸郡新郷村谷地中に生まれる。
昭和52年 弘前大学 工業試験場 漆工課卒業
昭和52年~ 教職に携わり夏休み中に全国の漆産地を行脚
平成8年~ 平成21年度青森県史編纂調査研究員(文化財部会推薦)
平成28年~平成31年3月 青森県新郷村教育委員会教育長