日本の歴史、文化、芸術、技術の発展を支えてきた漆

漆は縄文時代から器や耳飾り、首飾りなどに使われ、以降、法隆寺玉虫厨子、唐招提寺鑑真和上坐像や興福寺阿修羅像、正倉院御物、厳島神社、平等院鳳凰堂、東大寺、中尊寺金色堂、金閣寺、日光東照宮といった数多くの仏像、工芸品、寺社建築などに使われ、日本の歴史、文化、芸術を形作ってきました。

近世以降は、漆でしか作り出せない漆黒と呼ばれる深い黒色や蒔絵など繊細な装飾がヨーロッパ人を魅了し、日本を象徴する輸出品としても活躍してきました。一説には陶器がChinaと呼ばれるように漆器は“japan”と呼ばれていたと言われています。

漆なくしては日本を語れないほど、漆は日本人に深く関わってきました。

国宝・重要文化財の維持・修復にかかせない国産漆、それでも供給できるのは必要量の約6割

2015年、文化庁は寺社などの国宝や重要文化財、建造物の保存、修理における漆の使用方針について、原則として国産漆を使用するよう全都道府県の教育委員会に通知しました。

本来、文化財は建築当初と同じ材種・品質の資材を使うことが原則です。文化庁の試算によると、国内の国宝・文化財400点あまりが使用する漆は、年間2.2トン。ほかにも漆器・漆工品などに使われる分を考えると、現状の1.8トンではとても足りない状態です。

貴重な文化財などは老朽化に加え、頻発する災害で被害を受けることもあります。しかし、国産漆が足りない分は、修理を先延ばしにせざるを得ません。国産漆の不足による修復作業の遅れは、国宝や重要文化財の保存に危機的な影響を及ぼします。このままでは先人たちが守り続け私たちに引き継がれた日本の宝を、私たちの代で失うことになりかねません。

漆の自給率はわずか5%、大半を中国からの輸入に頼っているのが現状

国宝や重要文化財の修復に必要不可欠な国産漆の⽣産は年々減少の一途を辿り、昭和26年に33,750kgだった漆の生産量は、平成28年には僅か1,265kgまで落ち込んでいます。

戦後、石油化学の発展、ライフスタイルの変化などから天然漆の需要は大幅に減少しました。自然の恵みを上手に活かし、モノを長く大切に使い、自然と共生した日本人の生活文化の象徴でもあった「漆」ですが、便利さや効率と引き換えに、いつしか私たちの暮らしから遠いところに追いやられてしまったことも原因です。

加えて、高価な国産漆から比較的安価な中国産漆への移行が進んだことも要因です。現在国内で使われる漆の95%が中国産です。自給率5%程度となってしまった国産漆は、大半が国宝や重要文化財の修復用に使われるため、各地の伝統工芸の漆器・漆工品の製造は中国の漆に頼らざるをえない状況となっています。

しかしその中国も、近代化に伴い里山の高齢化の流れは日本と一緒で、いつ手に入りにくくなってもおかしくない状況と言われています。このまま中国産漆に頼り切って、日本の文化を守れるでしょうか?

文化を守り、次の世代に引き継ぐことは現代に生きる我々の責任です

文化を守るということは、日本人が日本人らしく生きられるアイデンティティと誇りを守ることに他なりません。グローバルな社会だからこそとても大切なことです。

漆も例外ではありません。漆文化を次世代に繋いでいくためには、国産漆を安定的に生産、供給し続けていくことが不可欠なのです。そのためには、現在、圧倒的に少ない国産漆の生産量・自給率を増やさなければなりません。

今、取り組まなければならないのは「ウルシノキを植え、漆の森を増やす」こと。ウルシノキを植えて漆を増やし、日本の文化、そして日本の未来を守りましょう!

《テーマ2》
循環可能な「地上資源“漆”」の恩恵を活用し、持続可能な社会を

漆は安全・安心・エコで再生可能な優れた「地上資源」

ウルシは世界でも東・東南アジアのごく限られた地域でのみ生息する樹木です。樹皮に傷をつけると樹液が滲み出します。これを精製して塗料や接着剤、硬化剤など幅広い用途に使用できます。優れた特性を持っており、一度固まった塗膜は熱、湿度に強く、堅牢かつ強靱で、ガラスと同じぐらいの硬度があると言われています。酸やアルカリにも侵されず耐薬品性にも優れています。さらに高い抗菌性を持ち、一旦乾燥してしまえばアレルギーを引き起こすこともないなど、天然由来の極めて安全・安心・エコな素材です。

漆はウルシノキという樹木があれば採取できます。ウルシノキを適切に育てて管理すれば、枯渇することのない再生可能な地上資源なのです。

深刻さを増す海洋プラスチック汚染問題

海に流れ込んだプラスチックゴミが海洋を汚染し、地球規模の問題となっています。生態系にも影響を及ぼし、漁網などに絡まったりポリ袋を餌と間違えて摂取するなどで、魚、鳥、海洋哺乳動物、ウミガメといった約700種もの生物が傷つけられたり死んだりしています。

また、自然に分解されないプラスチックは小さな粒子となり、魚などを通じてわれわれ人間の体にも取り込まれていると言われています。2050年には海洋プラスチックの量が海にいる魚を上回るという予測が出ています。

最近では、レジ袋の有料化が始まり、さらにプラスチック製スプーン、フォークの有料化が議論され、使い捨てのプラスチック製容器の分別・回収が広まってくるなど、人々の問題意識が高まり、自分事化が進んでいる傾向にあります。環境保護のための対策はまったなしです。

一方で、漆や本物の漆器の魅力・良さも見直されてきています。プラスチック製品から漆器などの天然素材製品への転換、修理をしながら良いものを長く使うという、一人一人の生活様式の見直しは、ゴミを減らし、海洋プラスチック問題解決に直結します。

自然と共生する社会、漆の恩恵を見直すとき

日本人は日本列島という四季があり森林や水に恵まれ、豊かな陸と海のある場所で、自然の恩恵を受けて暮らしてきました。自然を征服しようとするのではなく、自然を敬い畏れ、自然と共に生きるという暮らし方をしてきました。

先人たちは与えられた土地に少しづつ手を加えながら、何代にも渡って土地を大切に守り、社会も発展させてきました。しかし、現在は人口減少、高齢化社会、過疎化、産業構造の変化、林業の衰退などにより、先人たちが大切にしてきた農地、里山、山林などが放置され、荒廃した土地に姿を変えています。

人間の手の入らない放置された土地は、自然災害を発生させる危険性が高く、安全・安心な生活を脅かしています。また人間と動物の境界線を消失させ、動物による農業被害や、人が襲われるなど問題も引き起こしています。里山が失われると、食料や木材の供給、生き物の生息、景観、文化の伝承にも悪影響を及ぼします。

都市は空気や水、食料など、健全な地方、農地、山林によって支えられています。私たちはウルシノキの植樹などを通じて、こうした土地の有効活用を図り、里山の保全や住み続けられる生活環境の整備、生物多様性の保全、伝統文化の継承、CO2の削減・地産地消など、自然と共生した持続可能な社会の実現にも貢献したいと考えています。

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